今週のひとコマ・バックナンバー アルバム…2018年7〜12月掲載分

チトラルでの「Mihoko's Fund」の活動を知ったペシャワル在住のアスマットゥラー・アフリディ氏(以下アスマット氏)が、部族地域でも同様のプレイグラウンドを建設したいと発案し、協力することになった。甥や姪たちと自宅でくつろぐアスマット氏。[撮影:丸山純] Mihoko's Fund流の遊具作りを学ばせようと、ペシャワルの大工さんたちが派遣されて、みんなを手伝う。とくにパキスタンでは軽く考えられがちな安全面について、しっかりと把握してもらった。[撮影:丸山純]
最初のプレイグラウンド建設地は、ハイバル管区。ペシャワルから1時間半ほど車で走って村に到着すると、どの家も要塞のような壁に囲まれていて驚いた。[撮影:丸山純] 重々しい音をたてて鉄の扉が開き、乗ってきた車が敷地に入っていく。どの家も頑丈な壁に囲まれていて、簡単には侵入を許さない造りになっている。[撮影:丸山純]
屋敷の母屋に続く部分に縄編みベッドの置かれたスペースが作られている。ちょっとした族長・家長会議(ジルガ)が開かれる場所なのだろう。ここで地元の長老たちの出迎えを受けた。右手前の白い帽子の男性がこの一族の長で、メッカ巡礼にも行っている権力者。左側のベッドに腰掛けているのが、プロジェクトのスポンサーのアスマット氏。[撮影:丸山純] 学校の校庭に通されると、すでに一部の遊具ができあがりつつあった。ただし、チトラルに比べると、材木の太さが貧弱。やはり森林が近くにある北部とは違う。[撮影:丸山純]
チトラルではすべて「人力」でやっていた何日もかかる作業が、ここでは電動工具が使えるのであっという間に片付く。あまりにも簡単に遊具ができあがっていくのに、戸惑いを覚えた。チトラルの子どもたちは、顔見知りの地元の大工さんたちが一生懸命作るのを毎日見て、手伝ったりもしていたのに、ここでは瞬時に完成してしまうのだ。ちょっとありがたみに欠けるような気がする。[撮影:丸山純] 敷地のなかに一つだけ、ぢんまりと建つ校舎。しっかりとした造りでわりと新しそう。授業中なので、静まり返っていた。[撮影:丸山純]
休み時間になったようで、突然生徒たちが校庭にがやがやと出てきた。外国人に慣れていないはずなのに、物怖じしない。一族の娘たちだけだと思っていたが、いろいろな顔があるようだ。[撮影:丸山純] 校庭に入ってきた女子生徒たち。笑顔がかわいい。遊具ができて、とても喜んでくれている。[撮影:丸山純]
みんなでさっそく記念写真を撮る。元気な子どもたちに接することで、こちらも元気が湧いてくる。外国人の男がこんなに近くにいるのは初めての経験だと思うが、わいわいと大騒ぎになる。[撮影:丸山純] スポンサーのアスマット氏や地元の長老、学校の先生、そして大工さんたちと記念撮影。Mihoko's Fundの看板も用意した。[撮影:丸山純]
続いて、いったんペシャワルに戻ってから南に向かい、アスマット氏の故郷であるダラへ。乾燥した丘陵地帯のなかに平原があり、道路沿いに集落が点在している。森林はなく、潅木ばかりだ。馬の姿が見える。[撮影:丸山純] アスマット氏の実家は、銃器製造の町として知られるダラから少し東に向かった丘陵地帯の麓にある。ハイバル地区では村全体が要塞のような壁に囲まれていたが、この集落の家々は、高い塀に囲まれているものの、さほど物々しさを感じなかった。[撮影:丸山純]
女子校の校庭には、すでに遊具が幾つか作られていて、子どもたちが大勢遊んでいた。もう放課後のせいか、男の子たちも混じっている。[撮影:丸山純] 元気にブランコをこぎまくる子どもたち。やはり、ここでもチトラル同様、ブランコが一番人気があるようだ。[撮影:丸山純]
ちょっと遊び疲れてブランコを降りると、順番待ちしていた子たちがすかさずロープにぶら下がる。丸太にまたがってしがみつくようにして乗るこのスタイルのブランコは、日本にはないものだが子どもたちはとても魅力的に見えるようだ。[撮影:丸山純] ハイバルでは、使用している木材がやや貧弱だったが、ここでは太さも長さも充分で、安心感がある。これなら、何年ももつだろう。塀で囲まれた校庭に、子どもたちの歓声がこだまする。[撮影:丸山純]

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